00. プロローグ

《融人 / Harmonia》

それは人ならざる存在が、人の姿に変貌したものの呼称である。
融人が生まれる過程や原因について、現在わかっていることはほとんどない。スウェーデンの生物学者ウルフ・ウィルヘルム・ソーンは「融人の出現は、人類にとってある種の淘汰圧であると言えるかもしれない」という見解を示したが、しかし、それはあくまでも見解であり真実は誰も知らない。
人ならざるもの――融人はどうして人の姿をし、人の言葉を話し、人、もしくは融人と絆を結ぶのか。

そして共鳴者はそんな融人である。
人ではないものとして生まれ、人として育ち、人として生きるナニカ。
あなたたちは人間社会からすれば、異質とも言えるだろう。
ただ、それが表には出にくいだけで……。

01. 導入

某日、夜。ここは東京都新宿区。
日本の中でも最も雑多としたビジネス街であり、今日も多種多様な人々が街を行き交っている。
深い時間だとしても視界は街の明かりで広い。
都会特有のいろんなものがないまぜになった臭いを覚えながら、すれ違う人とぶつからないように肩をどかしながら前に進む。

そう、共鳴者たちはそれぞれ新宿にいて、そして──現在は全員が見知らぬ路地裏で『首に何かをつけられた感覚で』目を覚ますところから物語は始まる。

「おい、起きたぞ!」「薬が足りなかったか」なんて会話がうっすら聞こえてきて、感覚の鈍い頭を動かし、状況を整理する。
都会特有のいろんなものがないまぜになったすえた臭い。視界は暗く、自分を取り囲むように全身黒い服に顔が見えにくくなるアイテム、例えばマスクや帽子などを身に纏った複数人に押さえつけられていた。
そういえば夜の新宿を歩いている時に、人気のない路地を通った瞬間、突然背後から攻撃を受けたのを覚えている。

Q.融人がそんなに簡単にやられる?
A.基本的に融人の能力は人間の範疇を超えたものではない。越境者であれば範疇を超えているかもしれないが、共鳴者の能力は事前にバレていて対策をされている、かつ、数の暴力によって拉致未遂まで起こってしまった。と、いうことで……。

首には冷ややかな違和感があり、おそらく自分は首輪のようなものを付けられている? 同じようになっている人物が、自分と他共鳴者、そしてもう1人。彼らも首に銀色の首輪のようなものを付けられており、これがきっと自分にも付けられている。
黒服の彼らは、まだ意識が朦朧としている共鳴者たちを拘束し、引きずって、車に無理やり乗せようとしてくる!

この車に乗るのはまずい、と本能的な恐怖が共鳴者たちを襲ったタイミング。
共鳴者と同じ状況にある、キャスケットを被った男性が叫ぶ。

「みんな、逃げて!!」

その言葉を告げた彼は、徐々に身体の形が変わっていく。
頭から順に、人間の肌にアッシュグレーの毛が生えていき、その顔は獣じみていく。大きな耳と、子供ひとりくらいであれば飲み込んでしまえそうな大きな口、スラリと伸びた四肢。
凛々しいその顔は犬のようで──。

そう、夜の新宿に到底現れるはずもない存在、“狼”がそこにいた。

その様子に、黒服は「ひっ、化け物!」と動揺し、共鳴者たちの手を離してしまう。
拘束が解かれ、その狼を見れば、まるで『こちらに来い』というように首を傾げてから路地を進んでいく。
共鳴者は後を追いかけて、この場から逃走することになるだろう。

02. 出会い

路地を数本進み、黒服の追っ手が来なくなった頃。息を切らし、共鳴者たちはお互いを見合う。
狼は安全を確認すれば元の男性の姿を取り戻すだろう。
もちろん、彼が融人であることは明白であった。彼は共鳴者たちの様子を窺い、その表情には恐怖すら滲ませている。

戌井

「あの、ごめん! 驚かせてしまって。あの場では……その。ああするしか思いつかなかったんだ」

戌井

「でも、大丈夫。ぼ、僕は人を襲ったりはしないよ。お、驚かせてごめんね」

▶︎戌井との質疑応答

Q.融人?

戌井

「うん、さっき見ての通り……。狼を原種とした融人なんだ」

Q.種族について

戌井

「えっと……越境者、かな。狼の越境者。所謂、人間の中で伝わる伝説、狼男の性質を持ってる。月の夜は気が昂ったり、狼に自由に変身できたり……、あ、とは言っても本当に本当に人なんか食べたりしないよっ」

Q.名前について

戌井

「僕は戌井瑛、君たちは?」

Q.自分たちも融人だ

戌井

「え!そ、そうなんだ。あんまりこうやって融人と直接話すのは、初めてかも」

戌井

「君たちはどういう種族なの……? って、これ聞いていいのかな」

▶︎自分たちの状態について

共鳴者は全員銀の首輪を付けられている。鍵穴があるが、当たり前だが鍵がない。力ずくで外すことは難しそうだ。
万が一力持ちな融人がいたとしても、首という位置もあり、破壊すれば大怪我は免れない。

〈事情通〉 を取得している共鳴者がいれば判定を行って良いだろう。
成功した共鳴者は、“銀の首輪”についてぼんやりとSNSで聞いたことがあってもいいだろう。話題として見かけたことはあるが、詳細は知らない。

また、首を確認したタイミング、戌井が「痛……ッ」と苦痛の声を漏らす。その声を聞いて様子を見れば、彼の首元は真っ赤にかぶれ、爛れていた。
PLの知識として知っていれば判定は必要ないが、誰もピンと来ていなければ 〈*知識〉 などの判定を行って良い。
成功した場合、共鳴者は狼男の性質として「銀に弱い」というものがあることを知っている。

Q.銀について

戌井

「ああ、うん。僕は狼男で、……だから銀が苦手なんだよ」

戌井

「でも大丈夫、これくらいだったら我慢できるし。君たちは平気? 痛くない?」

▶︎娘について

ある程度話したら、彼は共鳴者たちの首輪を見て、その瞳を不安げに揺らす。
少し思案してから、財布から一枚の写真を取り出す。そこに映し出されたのは戌井の面影がある1人の女性であった。
制服を身に纏い、おそらく女子高校生ほどだろうか。

戌井

「これは……、僕の娘。この子を探すために、新宿まで来たんだ」

戌井

「この子も僕と同じ、狼の越境者なんだ」

戌井

「融人なのを隠していて、学校に行っててね。友達と遊ぶために新宿に行くって外出して」

戌井

「でも、2週間も家に帰ってこなくて、警察や、UNISONなんかにも一応通報してある」

戌井

「そして……まだ、見つかってない。情報も全然なくてさ」

戌井

「狼である僕であれば、もしかしたら匂いをたどれるかもしれない、と思ってここまで来たけど……ハハ、都会っていうのはいろんな匂いが混ざってるし、夜でも朝でもこんなに人が多いんじゃ表立って力は使えない」

戌井

「田舎暮らしっていうのは……、案外世界を知らないものだね」

戌井

「友達に話を聞くところまでは行けたけど、新宿で別れてからは見てないって言っててさ」

戌井

「これは、大変不躾な話かもしれない。でも、さっきのことがあっただろう?」

戌井

「この首輪を外すためにあの人たちのことを調べるついででもいいんだ。よければ娘のことも一緒に探してもらえないかな」

そうお願いを反す彼の表情はひどい焦燥で、目の下にはクマも見られた。
共鳴者たちが快い返事を返せば、少しだけ希望に目を輝かせて礼を告げるだろう。

戌井

「と、すれば……ここからどうしようか」

戌井が見渡すのは夜の新宿。さまざまな人、そして人ならざるものが、雑多に、混沌に闊歩するこの街で、共鳴者たちは彼の娘と自分を縛るものの正体を見つけ出さなくてはならない。

【探索ルール】

共鳴者たちは街中で聞き込み、もしくはネット検索などで地道に情報を集めることができる。
新宿には様々な人間が行き交い、そして日常を営んでいる。
場所・時間によって聞ける内容は異なるだろう。どういった場所に向かうのか、どういった人物に話しかけるのか、相談をしながらこの先の行動を決めていこう。

▶︎融人共鳴者としての力

共鳴者たちは人ならざるものであり、原種としての力は非常に強力だろう。
もし探索過程の中で思いつくことがあれば積極的にDLに提案をしてもらいたい。
しかし、新宿には常に人がごった返しており、常識の範囲外のことをすれば融人保護官に捕獲・最悪の場合は討伐の可能性があるのは留意されたい。 

▶︎戌井の能力

戌井は共鳴者たちの味方として動く。彼は狼を原種とした越境者であり、融人の中でも強い能力を所持している。
特に身体能力については他の融人の比ではなく、戦闘になれば非常に心強い存在だ。
しかし、彼本人の性格が非戦闘的であること、そして巨大な狼が新宿で暴れでもしたら真っ先に討伐対象となるのは想像に容易い。そのため、オリジン能力を使うことは基本難しいだろう。代わりに五感が非常に優れているため、共鳴者たちの調査でわからなかった(例えば出目がふるわなかったなど)ことを彼に相談すれば、別視点で情報を見つけ出すことができるかもしれない。
※つまり、戌井の融化技能は 〈聞き耳〉〈毒見〉 である。

新宿のざっくばらんなエリア分け

以下は探索可能場所、というよりかは新宿に詳しくないPL向けの、どういう場所があるかの指針である。全てを調べる必要はない

【新宿駅-東口】
繁華街側の玄関口。アルタ前や歌舞伎町へ続く賑やかなエリア。
サラリーマンや学生などはここに行けば必ずいるだろう。

【新宿駅-西口】
高層ビル街・オフィス街側。家電量販店やバスターミナルもある。
基本的にはサラリーマンが行き交っている。

【新宿駅-南口】
バスタ新宿やルミネがある整備された出口。観光アクセスに便利。
学校帰りの学生や観光客が多いように思う。

【歌舞伎町(さくら通り)】
飲食店や夜の店が立ち並ぶ。夜職が多く行き交う場所だ。

【大ガード】
東口と西口を結ぶ高架下。交通量が多いランドマーク。
ホームレスが寝ていることが多い。

【新宿三丁目】
百貨店や飲食店が多く、買い物と食事が楽しめる。

【西新宿】
高層ビル群のオフィス街。都庁やホテルも集中。

【新宿区役所】
新宿歌舞伎町に存在する新宿区役所。ここにはUNISON日本支部が存在する。
融人について安全に話を聞くことができるのはここだろう。

03. 自由探索-聞き込み

本シナリオでは話しかける人物の属性ごとに出てくる情報が違う。
場所と時間を下の表に示し合わせて、DLはPCから聞かれたことに対する情報を開示していくこと。情報の提示の仕方はプレイスタイルによって自由で構わない。そのまま情報を渡しても、会話のRPによって出してもいい。

また、人が多いエリアではイベントが発生する。→▶︎イベント【野次馬】

【聞き込みエリア】

▷新宿駅-東口 ※▶︎イベント【野次馬】発生
朝: 学生・夜職
昼: 観光客・学生・夜職
夜: サラリーマン・OL・学生・夜職

▷新宿駅-西口
朝: サラリーマン・OL・ホームレス
昼: サラリーマン・OL・ホームレス
夜: サラリーマン・OL・ホームレス

▷新宿駅-南口 ※▶︎イベント【野次馬】発生
朝: サラリーマン・OL
昼: 観光客・学生
夜: サラリーマン・OL・学生

▷歌舞伎町(さくら通り) ※▶︎イベント【野次馬】発生
朝: 夜職
昼: 観光客・夜職・学生
夜: サラリーマン・OL・学生・夜職

▷大ガード
朝: ホームレス・サラリーマン・OL・学生
昼: ホームレス
夜: ホームレス・サラリーマン・OL・夜職

▷新宿三丁目
朝: 学生・観光客
昼: 学生・観光客
夜: 学生・観光客

▷西新宿
朝: サラリーマン・OL
昼: サラリーマン・OL
夜: サラリーマン・OL

【取得できる情報】

▷サラリーマン・OL
黒ずくめの集団
首輪の噂
女性の噂-目撃情報
融人の失踪事件
ABCの友について01
ABCの友について02
ABCの友アカウント
ABCの友の裏話

▷学生
黒ずくめの集団
首輪の噂
女性の噂-目撃情報
融人の失踪事件
ABCの友について01
ABCの友について02
ABCの友アカウント
ABCの友の裏話

▷夜職
黒ずくめの集団
首輪の噂
女性の噂-目撃情報
女性の噂-融人
融人の失踪事件
ABCの友について01

▷観光客
女性の噂-目撃情報

▷ホームレス
黒ずくめの集団
女性の噂-目撃情報
戌井娘の情報02
ABCの友について01

▷ABC参加者
女性の噂-目撃情報
戌井娘の情報01
ABCの友について01
ABCの友について02
ABCの友アカウント
ABCの友の裏話※否定する形で

【提示する情報】

黒ずくめの集団

夜の新宿の路地で、黒づくめの服装をした集団を目撃したという証言がある。
恐ろしさを感じたため接触は避けたものの、見た限りでは比較的若い人物が多いように感じられた。
ただし、詳細な場所ははっきり覚えておらず、確か西新宿方面だったはずらしい。

首輪の噂

どうやら共鳴者がつけられた銀色の首輪について、『この首輪を見た人は写真を撮って、ハッシュタグと一緒に投稿するといいことがある』という噂が回っているらしい。
その良いことについて内容は人さまざまだ。「今話題のゲーム機が当たる」だったり、「チケットの当選確率が上がる」だったり、はたまた「100万円もらえる」であったり。眉唾物の噂ではある、が、実際に噂になっているその首輪を見つけたことで、面白半分で投稿している人物が複数人いるようだ。

ABCの友について01

『ABCの友(ア・ベ・セーのとも)』は、10代後半から20代半ばの若者たちによって構成されるボランティア集団である。
正式な所属や会員制度は存在せず、不定期に行われる募集に応じて現地に集まった人々が活動を行うという自由な形をとっている。
主な活動内容は、街のゴミ拾いや炊き出しといった地域に根ざした奉仕活動であり、若者たちが気軽に参加し、街や人々を支えるきっかけとなる場となっている。

ABCの友について02

公式のSNSアカウントが存在し、そこで不定期にボランティアの募集が行われている。
投稿には活動内容や日時、集合場所が記載されており、事前の参加表明は不要で、当日現地に向かえば誰でも参加できる仕組みとなっている。報酬や給与は用意されていないが、活動終了後には謝礼を兼ねた打ち上げが催されることが多く、それを楽しみに集まる参加者も少なくない。
また、会を取り仕切る主催者の素性は明らかにされておらず、誰が中心となって運営しているのかは不明である。

ABCの友アカウント

実際にアカウントは確認できるだろう。
しかし、最新の募集はおよそ1週間前に行われたものであり、それ以降は新たな告知が投稿されていない。現在はSNSアカウントのDMも閉じられており、外部から直接コンタクトを取る手段はほとんど存在しない状況である。

ABCの友の裏話

基本的には地域に根ざした健全なボランティア活動として好意的な評判が多い。
しかし一方で、活動後の打ち上げで何らかの勧誘を受けたという噂も散見される。
加えて、主催者の正体が明らかになっていないことから、一部では宗教的な勧誘や商材販売を目的として立ち上げられた団体なのではないか、という懸念の声も上がっている。

女性の噂-目撃情報

新宿の(特定の時間帯の場所)で、同じ首輪をつけた女性が目撃された。
彼女の傍らには体格がよく、一般人には見えない風貌の男性が同行しており、その存在も相まって周囲の目を引いていたという。
女性自身も派手な印象を受ける人物であり、水商売に従事している可能性があると見られている。
また、少なくともその男性と女性は揉めているような素振りは無く、普通に会話していたという。

女性の噂-融人

歌舞伎町でキャバ嬢として働いていたという、同じ首輪をつけた女性がいた。
容姿端麗で気の強さが魅力として受け止められ、店では人気を集めていたという。
しかし、ある客とのトラブルが原因で店をクビになったらしい。
噂によれば、その揉め事の最中に彼女の目がオレンジ色に光ったとされ、
もしかすると彼女は融人だったのではないかとも囁かれている。

戌井娘の情報01

ハッシュタグの中から『銀の首輪がつけられた戌井の娘』が盗撮されたような写真を見つけ出せる。

戌井娘の情報02

人通りの少ない夜の路地で、同じ首輪をつけた女子高校生が慌てた様子で駆けてくる姿が目撃された。
声をかけようと思ったものの、自分がホームレスであることから女子高生に接触するのはためらわれ、結局見送るしかなかったという。
直後、黒い服を着た複数の男たちが現れて彼女を追っていった。

融人の失踪事件

近頃、融人が突然音信不通になったり、突如として姿を消すといった事例が増えている。
ただし、その逸脱した結果による失踪の可能性も少なくないと見られている。
一方で、ここはUNISON日本支部であり、日々より緊急性の高い事件やトラブルが持ち込まれるため、こうした失踪事案に対して十分な捜査が行き届かないのが実情である。

▶︎イベント【野次馬】

人通りが多い場所に共鳴者たちが首輪を特に隠さない状態で出た場合、DLは 〈*知覚〉〈聞き耳〉〈危機察知〉 などの判定を行わせること。
成功した場合、共鳴者グループに向けてスマホを向ける人物を複数人見つけられる。ダブル成功以上など、結果が良かった場合は撮られる前に気がついて良いだろう。
彼らは首輪の噂に基づいて写真を撮り、SNSにあげようとしているのだ。
もし共鳴者たちが話を彼らに聞こうとした場合は、交渉系の技能の判定が必要である。成功した場合は首輪の噂について教えてくれるだろう。失敗した場合は彼らは逃げ出すが、共鳴者によっては追いかけることが得意なものもいるだろう。任意の技能判定に成功した場合は追いつくことができ、肩を叩かれたその人物は観念して噂について話してくれる。

▶︎イベント【匂いをたどる】

もしPL・PCから、戌井の融化技能での特殊な調査を望むのであれば、DL判断でできて良い。
例えば黒尽くめの集団の匂いを探るなど。ただ、都会の中で、狼の嗅覚は万全には効かない。
ざっくりと西新宿や大ガードなどに向かうことはできるだろう。
DLは今不足していそうな情報から考えて、適切な場所に向かわせるといい。
場合によっては拠点までたどり着くことはできるが、鍵がかかっているため入ることはできない。

04. 自由探索-場所

▶︎ UNISON(新宿区役所)

古びた印象を残しつつ、昼間でも人の出入りが絶えない場所。
UNISONの窓口近くの番号札を取り、椅子に座って待つことになる。
辺りを見渡せばそれなりに人がいる。融人関連のトラブルは絶えず、かなり慌ただしい雰囲気が漂っていた。

やがて手元の紙に書かれた番号が呼び出され、窓口へと向かう。
そこにいたのは名札に西川と書かれた、随分と若い職員であった。

西川

「ええと、今回のご要件は一体何でしょうか⋯⋯?」

Q.戌井の娘について

西川

「戌井静香さん、ですね⋯⋯あ、待ってください。メモ取るんで⋯⋯」

と、西川はズボンのポッケを弄り、そのあと机を漁る。
「あれ!」と大声を出した後、「ごめんなさい、家に忘れたな⋯⋯。ちょっと、メモできるもの取ってきます!」と慌ただしく奥へと一度引っ込むだろう。
その様子を見るに、彼はどうやら新人のようだ。この忙しい状況で、UNISONも人手不足なのかもしれない。

やがて付箋を手に戻ってきた西川が再度名前を聞いて、娘について調べてくれる。

西川

「ああーー⋯⋯、すみません。未だ情報は掴めていないようですね」

西川

「一応複数の融人保護官の方に依頼はしているんですけれどもね」

西川

「まあ、何より最近そういう事案が増えているんですよ、ハハ⋯⋯」

DLは共鳴者たちが【融人の失踪事件】の情報を得ていなかった場合はここで提示すること。

Q.首輪の件について

西川

「ああ、なんか巷で噂になってるやつですか! ええと、僕は残念ながら詳しくはないんですけど……写真がなんとかかんとか、とか」

西川

「そういえば、この前クレームのおじさ……、ゴホン。住民からの報告がありましてね。なんか問題を起こしたホステスがいて、そいつが危険な融人だからなんとかしてくれって」

西川

「一応融人保護官に依頼を送って、そのホステスの目撃証言が新宿近辺で最近上がってます」

西川

「その人がその銀色の首輪をつけていた、みたいなのは聞きましたね」

DLは共鳴者たちが女性の噂-目撃情報の情報を得ていなかった場合はここで提示すること。

▶︎神楽の居場所

彼らは時間帯によって、いる場所が違う。
共鳴者がどの情報を得たかによって、出会うタイミングは様々だろう。

▷朝 新宿南口のパン屋
ガラス越しに焼き立ての香りが漂うが、客の姿はまばらだった。
店内には数人が静かにトレイを手に歩き、レジ前にも行列はない。
温かい空気に包まれながらも、どこか物静かな時間が流れていた。

▷昼
落ち着いた照明の下、木のテーブルには開いたノートやノートPCが広がっている。
コーヒーをすする音や低い話し声が絶えず、どこか都会的な余裕を感じさせる。
外の大通りのざわめきはここまで届かず、静かな時間が流れていた。

▷夜
細い路地を抜けると、灯りの少ない看板がかろうじて店の存在を示している。
中ではカウンターに数人が腰かけ、グラスの音と低い笑い声が響いていた。
煙草の匂いと古い酒の香りが混ざり合い、夜の空気をさらに濃くしていた。

共通

店内に体格のいい男性と、自分たちと同じ銀の首輪をつけた派手な装いの美しい女性がいる。

話しかける

共鳴者たちがその2人に話しかけると、一瞬、彼らは警戒心を滲ませた表情をする。もし首輪を隠していなければ、その警戒心をとき、首輪を隠している場合は 〈*交渉〉 などの判定が必要になるだろう。

神楽

「貴方たちは――、へえ……貴方たちもなの」

神楽

「ここで話すには少し野次馬や人が多すぎるわ」

神楽

「別にこの新宿じゃ、誰も人の会話なんて気にしないと思うけど……、話って落ち着いてしたいものね?」

そういった女性は、体格のいい男性に視線を向ける。

青代

「場所を移動しよう。構わないか?」

了承すれば、彼らは共鳴者たちを引き連れ、大久保へ向かう方角に歩みを進めていく。
その道中、男性の方がどこかに電話をかけていた。

05. 情報共有

男性と女性が貴方たちを連れてきたのは、新宿から大久保へ向かう道中、人気の少ない路地にあるラーメン屋だった。
暖簾は仕舞われており、今は店はやっていないようだ。
遠慮なく2人は入っていき、共鳴者も後を追う。そこには「いらっシャーセー!」と元気に笑みを浮かべる若い店員が。
席はがらりと空き、店内には客は1人もいない。漂うスープの香りだけが評判の確かさを物語る。

若い店員は胸元に『薮』と書かれた名札をつけていた。
男性に対し、ヘラヘラとした表情で「青代さん、言われた通りにしておきました!」と挨拶している。

「皆さんが、青代さんと神楽さんのお客さんッスよね!」

「ゆっくりお話できるように貸切にしておいたんで! ラーメン食べるなら食券はそこっスからね!」

「とりま、そこの席使ってください!」

と、共鳴者たちが4人がけの席、男女がその隣の2人掛けの席に腰掛けることになる。ラーメンが来るまでの間、2人から情報を聞き出すことができるだろう。

Q.2人は?

神楽

「私は神楽。アナタたちに別に隠すことでもないから言うけど、融人よ」

神楽

「こっちのデカいのは青代。こっちは人間……、だけど別に警戒する必要はないわ」

神楽

「あっちのラーメン屋の店主も人間。ラーメン作ってるのは融人らしいけど」

Q.神楽の種族について

神楽

「原種はヤギ。まあ……、亜獣ね」

神楽

「アナタたちは?」

成功した場合は、彼女が一瞬右上に視線を寄せたことに気が付く。
これは人が嘘をつく時によく見られる仕草だ。
ただ嘘を付くということは言いたくない内容なのだろう。

Q.神楽について詳細

神楽

「元々は歌舞伎町でキャバやってたんだけど……、色々あって客と揉めてね」

神楽

「それがきっかけで融人だってバレて、尚且つ客と大揉めしたから、今は追い出されたの」

神楽

「UNISONに行けば色々手配してもらえるんだろうけど、今はそんな気が起きなくて。こんな首輪がつけられたこともあって、青代のところに転がり込んだの」

Q.青代について詳細

青代

「彼女の母親と知り合いでね。その縁もあって色々調べている」

青代

「と、いっても、見ての通り私は堅気ではないし、融人について特別詳しいわけでもない」

青代

「そのため、融人保護官である薮に依頼をしてるというわけだ」

Q.首輪について

神楽

「新宿をふらついてた時に、攫われそうになって」

神楽

「でもなんとか命からがら抜け出した」

神楽

「今は青代に依頼して色々調べてもらっているってところ」

青代

「私が調べた、というよりかは融人保護官である薮に調べさせたが正しいがね」

青代

「その首輪をつけた人物については特定している」

青代

「ABCの友という集団を知っているか。この新宿近辺でボランティアを行う集団だ」

青代

「ただ、彼らの実態……そのABCの友の大元は、ただのボランティア集団ではないみたいだな。彼らの一部の人間は計画的に融人を捕獲しているみたいだ」

青代

「融人について、まだ何も分かっていないことがたくさんある。情報を集めて売っているのか、ただ融人の排除が目的なのか……、もしくはそのどちらもか」

青代

「少なくとも、ボランティア活動を通して、人間の中でも融人の存在をよく思っていない人間を集めている」

青代

「とはいっても、基本的には何も知らない若者がほとんどだよ」

青代

「ボランティアというのは正しい行為だ」

青代

「その正しいことをしている人物もきっと正しいのだ、というバイアスがかかるだけで」

Q.ABCについて

青代

「薮がある程度調べて、どこを拠点としているかまではこちらで把握している」

青代

「西新宿にある、ビルの地下だ」

青代

「これから薮、私、神楽と共に調査に行こうというところだ」

青代

「君たちも気になるのであればついてくるか」

Q.この場所について

青代

「ここは表はラーメン屋だが、その実、融人保護官である薮が依頼を受ける場所でもある」

青代

「だが、まあ……。融人保護官の仕事よりもラーメン屋の方が儲かっているのが現状だがな」

青代

「キッチン担当が、彼のパートナーであるタイマーの付喪だ。なかなか味は悪くない」

Q.薮について

青代

「彼は見ての通り軽薄な若者だ。今回の件について調べるにはうってつけというわけだ」

遠くから薮の「酷いっスよーーー!!」という声が聞こえてくる。

一通り情報を共有した後、おそらく共鳴者たちは3人についていくことを了承するだろう。

腹ごしらえをしてから向かおう、と話がまとまれば、青代は「一服」と言って席を立つ。美味しいラーメンを食べながら、戌井は少しそわつきながら共鳴者たちに話を持ちかける。

戌井

「ね、ねえ。僕ってこういう風に融人と話すことはないんだ」

戌井

「もしかしたら話したことはあるのかもしれないけれど、その人が融人だと知った状態で話したことはない」

戌井

「ね、よければ聞いてもいいかな。例えば、君が人になった時の話」

戌井

「どうやって融人になったのか、普段はどういう仕事をしてるのか……よかったら教えてよ」

Q.戌井の仕事

戌井

「僕はタクシードライバーやってたんだ。今は休職中だけど」

戌井

「ほら、狼だから結構脚力には自信があるんだけどさ……車ってかっこいいよなって思って」

戌井

「それに、人の話を聞くのが好きなんだ。だから色んな人が乗ってくるタクシーってぴったりかなって思って」

Q.神楽の仕事

神楽

「キャバ嬢。性格は……見ての通りだから、いろんな人と揉めてたけどね」

神楽

「そこそこ稼いでたわよ。今は客と揉めたせいで辞めたけど」

神楽

「今後どうするかはこの首輪が外れてから決めるわ」

Q.戌井が人になった時

戌井

「僕は元々は田舎の山奥に1人で住んでいた狼だったんだ」

戌井

「と言っても、普通の狼は絶滅していて、僕だけがいつの間にか存在していて……たくさんの永い時間を生きたよ。もう自分が何歳かわからないくらいにね」

戌井

「そして、ある日川の水を飲みに行ったら、そこで人間の女性に会ってしまったんだ」

戌井

「いけない、と思って急いでその時は逃げたんだけど……その人のことが忘れられなくて。なんだか、初めてドキドキして」

戌井

「で、次の日に気がついたら人になってたんだ」

戌井

「真っ先にその人の元に向かったよ。人間のことなんて何もわからないのにさ」

戌井

「融人がどうして人間になるのかはわからないけど……、きっと僕はその人と同じになるために人の姿になったんだと思う」

戌井

「あ、な、なんて……! へへ、めちゃくちゃ惚気てしまったね……。恥ずかしいからこの話はここまでで……」

Q.戌井の奥さんについて

戌井

「昔から体が弱い人でね」

戌井

「今は田舎の方で、静かに寝ているんじゃないかな」

戌井

「早くあの子を見つけてあげないと……」

Q.神楽が人になった時

神楽

「私は母親から生まれた時から融人よ」

06. 民衆の地下室

夜の西新宿。共鳴者たちはいまだに人気の多い道を歩んでいく。
いつまで経っても煌々と光が灯り続けるこの街は、まさに日本の不夜城。
雑踏の声に掻き消えそうな声色で、そばにいた神楽はつぶやく。

神楽

「誰もが自分のために生きてて、人のことなんか気にしている余裕なんてない」

神楽

「この街には、いい人間も、悪い人間も、いい融人も、悪い融人もいるじゃない。いちいち区別をつけるのなんて、バカみたい」

戌井は思うところがあるような表情でキャスケットを深く被り、青代は何も言わずに他所を向いた。
薮は聞こえないふりで前へと進んでいく。
これに共鳴者が返すかどうかは自由だ。

そしてやがてその場所に辿り着く。
高層ビル群の足元にある細い路地は、人通りも途絶え、街灯の光さえ届かずに闇に沈んでいた。
そこにひっそりと建つ古びたビルの入口を抜け、地下へと続く階段を降りていく。
足音が壁に反響し、下へ行くほど湿った空気が肌にまとわりついてくる。

「これ、適当にパクってきたんですよ」と薮が取り出したのは銀の鍵。
鍵穴にそれを差し込むと、かちりとはまる。
重い扉を開き中に踏み込めば、無機質なコンクリートの壁に囲まれた空間が広がっている。
薄暗い照明が天井に点り、薮が適当に壁際を弄って電気をつけた。

そして部屋の奥には、いくつもの扉が並んでいる。
軽く見てみる限り、人の気配はない。右側の扉と左側の扉である程度性質が変わるようだ。

探索箇所

・右側の扉群
・左側の扉群

▶︎右側の扉群/拷問部屋

薄暗い蛍光灯が天井に一つだけ。先ほどと同じように壁際を弄り、ボタンをオンにすれば、光が部屋を照らす。

コンクリートの壁には無数のひっかき傷や、乾いた赤黒い染みが点々と残っていた。
部屋の中央には金属製の椅子が据え付けられ、太い革のベルトが手足を縛るように取り付けられている。
壁際には器具らしきものが乱雑に置かれ、何に使われたのか想像するだけで不快になる。
空気には錆と薬品の混ざった匂いがこびりつき、長く留まっていた気配を訴えていた。

今は誰もいない。だが、ひとつわかることがある。
かつてここで『融人』と呼ばれる存在が苦悶の声をあげていたのだと。
生態を暴かれようとしていた痕跡だけが、この空間に確かに残っていた。

この場所での融人たちの苦しみや後悔の残穢に触れた共鳴者には共鳴判定が発生する。

共鳴判定(強度2/上昇1)
∞共鳴感情:[恐怖(情念)、妬み(情念)、絶望(傷)]

ここでは 〈心理〉 / 〈*調査〉〈観察眼〉〈直感〉 などの判定を行うことができる。

〈心理〉 に成功した場合、戌井の様子がおかしいことに気がつく。
青い顔をして、首を横に振り、「まさか……、そんな」と呟いた。

〈*調査〉〈観察眼〉〈直感〉 に成功した場合は、ふと足元に目をやれば、部屋の端に小さな光がきらりと反射したことに気がついていい。近づけば、それは磨かれたままの銀の弾丸だ。それはまだ使えそうだった。

▶︎左側の扉群/書類部屋

部屋に足を踏み入れた途端、紙とインクの匂いが強く鼻をついた。
壁一面の棚は分厚いファイルで埋め尽くされ、机の上には開きっぱなしの報告書や散乱した紙束が積まれている。

棚に並ぶ資料を覗けば、『融人』の文字が複数。
解剖の記録や精神観察の報告が整然と並び、内容はざっくりと以下のようなものだ。

資料の内容

「対象:原種をトカゲとした亜獣──左腕切断後、再生機能の有無を確認」
「対象:原種をタブレットとした付喪──臓器摘出。構造を確認済。生存不可」
「対象:原種をクマムシとした亜獣──極限環境下での耐性試験。終了時、反応なし」

とてもではないが融人たちを人だとは思っていない、吐き気すら催すような言葉の羅列に、共鳴者たちの背中に嫌な汗が伝うかもしれない。ここにある全ての資料が、ここに所属する人間の融人に敵対する感情や悪意を証明していた。
そして資料にはいくつか公的文書としか思えない書類が綴じ込まれていた。
それは融人の登録簿、窓口対応の記録、各自治体からの報告書などのコピーである。

これについてファイルを確認する薮は以下のように説明をする。

「融人にいろんな人間がいるように、人間にもいろんな人間がいますからね」

「例えばUNISONにも派閥ってもんがあるんです。融和派と統制派とか言いましたっけね」

「融和派は融人に好意的、時には過剰すぎる保護体制を見せることもあって、逆に統制派は融人に気持ち厳しめ? どっちも過激なやつは過激です」

「それでもここまでするようなやつがいるとは、思いたかないですけど」

「ただ、そりゃ融人に親を殺されたような人間もいますからね、世の中には。さまざま」

「あ、鍵ありましたよ!」

壁には鍵束がかかっており、これを使えば首輪は外すことができる。

ここでは 〈*知覚〉〈観察眼〉〈幸運〉 / 〈*調査〉〈洞察〉〈検索〉 などの判定を行うことができる。

〈*知覚〉〈観察眼〉〈幸運〉 に成功した場合、床に一冊の手記が落ちていることに気がつく。
それを拾って読んでみれば、そこにはたくさんのメモ書きがされていた。
内容を確認すると、仕事用だろう。例えば、以下のようなことが書かれている。

メモ書きの内容

「亀陸(かめおか)さんから来た、猪の亜獣の件どうにかする」
「昼休みは本庁舎の食堂、水曜の日替わりは鯖の味噌煮!」
「次の金曜、本屋へ行く。歌舞伎町から南口までの最短ルート、探す」

最後には『周(あまね)への後悔を忘れてはいけない。悪に決して負けたりしない。戦うことをやめたりしない。』と書かれていた。

〈*調査〉〈洞察〉〈検索〉 に成功した場合、あるファイルの記述を見つける。

ファイルの内容

「対象:原種をオオカミとした越境者──銀製に対し酷い拒絶反応。死に至ることも確認済」

その下に貼られた写真には白い蛍光灯に照らされた部屋で、拘束具に縛られた少女の姿が写っている。
少女にはどこか見覚えがあった。そう、父親がかつて懐から取り出し、見せてくれた写真の少女だ。
彼女の周囲には銀色の器具が並び、腕や首筋には赤く焼け爛れた――まさに戌井の首元と同じような痕が残っている。
写真の隅に映り込んだ記録用紙には「対象:原種をオオカミとした越境者──銀製器具耐性試験」と印字され、無機質な活字があまりに残酷な実態を語っていた。

最後の一枚では、少女は椅子に縛られたまま目を閉じている。
絶望を訴えるその表情は、彼女の最期を冷たく告げていた。

戌井は部屋の外にいる。まだ、この事実には気がついていない。

07. 人か怪物か

共鳴者たちが調べ終わったタイミングで 〈危機察知〉 の判定が可能である。
成功した場合はこの地下に誰かが入ってきたことに気がつくことができるだろう。
しかし、気がついた時にはもう遅い。その足音は真っ直ぐあなたたちの部屋に近づいてきて、扉を開いた。

そこにいたのは共鳴者たちの見覚えのある人物――UNISON日本支部で出会った、西川だった。
だがその手には黒い拳銃が握られ、眼差しは冷徹そのもの。
彼が敵対者であるという事実は、言葉より先に、その姿が雄弁に語っていた。
彼の後ろには同じような眼差しで共鳴者たちを睨みつける複数人の人物。彼らもABCの友から派生してこの場所で捕獲・研究を続けているのだろう。

西川

「あれ、なんでこんなところにいるのかな」

西川

「ダメですよ。不法侵入は人間でも融人でも犯罪ですよ?」

西川

「って、人の形をとっただけの化け物に言っても無駄ですよね」

西川

「なんでそんな酷いことを……、みたいな表情ですね。アハハ!気味が悪いなぁ。見た目だけは立派に情を引けるんだから」

西川

「いらないじゃないですか。融人なんて。人間は人間だけで生きていけますよ」

西川

「人は人であり、獣は獣の姿を取る。機械は機械の姿をして……、それがこの世の正しい姿だと思いませんか?」

西川

「これはあなたたちは知らない、僕たち、人間の……民衆の総意なんですよ」

西川

「そもそも不必要なんです。トラブルを起こすような存在なんて」

共鳴者や、神楽が口を出そうとしたタイミング、その西川の拳銃を握る手の力がこもったことに気がつく。

西川

「何より、融人なんていなければ周は死ななかった」

とびきりの憎悪の表情で、その引き金を撃つ。
その銃口は――偶然近くにいた神楽を狙っていて。

バン!

嫌な発砲音がこの狭い部屋に響き渡る。
思わず本能的に目を閉じ、開いたタイミング……そこに広がる光景。
それは、神楽を庇うようにして前に立ち、胸部を銃弾で貫かれた青代の姿だった。
勢いのまま彼の巨体は後ろの方へ崩れ落ち、神楽にもたれかかる。
彼女の派手なドレスは鮮血に濡れていく。

「な、なんで」と、神楽の疑問に答える余裕もなく、明らかな致命傷を受けた彼は震える瞼を閉ざす。

辺りに静寂が一瞬。鼻腔にはほんの少しの硝煙の匂い、そして生々しい鉄臭さが掠める。
息を飲み、ひどく動揺した表情の神楽は、青代を支えきれず、共に床に頽れた。

神楽

「あ、あああ……」

神楽

「私は、あたしは……、に、人間だ」

そう彼女がつぶやいた瞬間。
パン、ともう一つの銃声。西川のものと思われたそれは、共鳴者たちの誰も撃ち抜いていない。
代わりに西川が口から血液を吐き出し、膝をついた。
銃声の主は、西川の後ろ……ABCの友のひとりである。瞳孔は開き、息は荒い。狂乱の声をあげている。

その時、共鳴者たちは気がつくだろう。髪をかきむしり、
目を見開いた彼女の瞳が、異界と野生の煌めきに支配されていることに。

彼女はヤギの越境者──サテュロスの姿をした大いなる神が女を孕ませ、狂わせ、そしてその末に生まれた呪われた子供。彼女は父親である神の力を引き継いで生まれてきた。

それは狂気。
人を狂わせ、絶望の死へと誘う、人ならざる力だった。

【ラウンド処理】

ルール

▷神楽の行動
ラウンドの最初に 〈オリジン〉 「2DA6」の判定を行い、成功した場合、そのまま全体に以下の憑依判定が発生する。

憑依判定[強度:成功値]
∞共鳴感情:[本能(欲望)、哀しみ(情念)、狂気(傷)]

憑依されてしまった場合、共鳴者はエネミーと同じく、完全にランダムで人を攻撃するようになってしまう。
本来憑依判定は合否に関わらず共鳴値が一点上昇するため、オリジン技能の使用と合わせて合計で共鳴値が2点上昇する。しかし、難易度調整の都合で、今回は一緒くたにし、この処理では1Rにつき1点のみの共鳴値が上昇する。

▷エネミー(モブ)の行動
共鳴者全員が行動した後、共鳴者の数+1人が完全にランダムで行動する。
攻撃方法は 〈*格闘〉〈*投擲〉 のどちらか。
攻撃対象は藪と青代を除き、神楽と戌井と共鳴者全員のランダムである。

▷薮の行動
彼は大急ぎでパートナーに連絡を図る。
彼の連絡により、この場所にはおおよそ3R後には複数の融人保護官らがやってくるだろう。
つまりこの特殊ラウンドの時間は3Rまでとなる。しかし彼らがやってきた時、この状況をどのようにして止めるのだろうか。

▷戌井の行動
大きなショックを受けている彼は共鳴者の声がけがなければうまく動くことはできない。彼に何をしてほしいかは、PLで相談して決めること。行動順はエネミーの前となる。

〈オリジン〉 「2DA6」の使用を頼めば、エネミーの行動を止めることができる。
しかし、その技能を使うということは共鳴者たちにも影響が及び、共鳴値を1点するということなのは留意されたい。

▷共鳴者たちが取れる行動
[この場からの逃走]
〈*運動〉〈スピード〉〈アクロバット〉 のダブル以上の成功が必要。
成功し、逃走した共鳴者はエネミーのランダムから外れる。

[青代の手当]
この混乱の状況下で彼を救うためには適切な処置を迅速に行う必要がある。
〈★蘇生〉 の成功、もしくは 〈*手当〉〈医術〉 にダブル以上の成功が必要である。

[神楽を止める]
〈心理〉 の成功数、計(共鳴者の数+2)回が必要となる。
成功した場合、彼女の能力が途切れ、この状況は鎮まる。
そうすれば倒れた青代の処置も手早く行えるはずだ。彼女を止められれば、彼は助かる。

[戦闘]
ガイアケアTRPGの基本戦闘ルールに則って処理は行われる。

[オリジン技能]
この場所であれば、共鳴者たちは人の目を気にせず能力を行使できるだろう。例えば、戌井の代わりにエネミーを止めたり、オリジン技能で急いでこの場を離れたり。
思いつきによっては神楽の能力を一時的に止められるかもしれないし、青代の手当てを手助けだってできるかもしれない。

▷ラウンド終了条件
・3R経過する
・全員が逃げる
・神楽を止める
・青代の手当に成功する

【神楽を止めた】

共鳴者たちの深い説得により、彼女はその瞳から怪異じみた光を失う。その視線は左右にふれ、やがて、共鳴者たちを見つめて──、がくりと項垂れた。

混乱は解かれ、狂気の人間は全て糸を切られた人形のようにその場で崩れ落ちる。戌井を含め共鳴者たちは急いで青代の止血へと取り掛かるだろう。体格のいい彼だったのが幸運だったのか、一命を取り留め、掠れた瞳の視線は神楽へと向けられている。
ひとつため息をついて、そばにいた共鳴者を支えにし、青代は立ち上がる。そのままふらつく足で近づき、震える手で力強く神楽を抱きしめた。傷も厭わず、ただ、ぎゅっと。

青代

「駄目だ、羊子」

青代

「お前は人間なんだろ?」

それを受け、神楽はぼろぼろと大粒の涙を溢して、まるで叱られた子供のように顔を崩す。
共鳴者たちはその姿を見て気がつく。彼は、人から逸脱しようとした神楽を、その温もりで引き留めたのだと。
自分たちが様々な道を辿ってきたように、彼らの中にも自分たちも知りえない、哀しくて温かい物語があるのだと。

この狭い空間で人で、怪物の彼女の悲痛な声が響き渡る。

神楽

「だって、だって!」

神楽

「アタシだって、生まれたくてこうやって生まれたわけじゃないわ……」

08. エンディングへ移行する。

【青代の治療が間に合った】

体格のいい彼だったのが幸運だったのか、一命を取り留め、掠れた瞳の視線は神楽へと向けられている。
ひとつため息をついて、そばにいた共鳴者を支えにし、青代は立ち上がる。そのままふらつく足で近づき、震える手で力強く神楽を抱きしめた。傷も厭わず、ただ、ぎゅっと。

青代

「駄目だ、羊子」

青代

「お前は人間なんだろ?」

それを受け、彼女はその瞳から怪異じみた光を失う。
その視線は左右にふれ、やがて、共鳴者たちを見つめて──、がくりと項垂れた。
ぼろぼろと大粒の涙を溢して、まるで叱られた子供のように顔を崩す。

共鳴者たちはその姿を見て気がつく。彼は、人から逸脱しようとした神楽を、その温もりで引き留めたのだと。
自分たちが様々な道を辿ってきたように、彼らの中にも自分たちも知りえない、哀しくて温かい物語があるのだと。

この狭い空間で人で、怪物の、彼女の悲痛な声が響き渡る。

神楽

「だって、だって!」

神楽

「アタシだって、生まれたくてこうやって生まれたわけじゃないわ……」

部屋の中には藪の呼んだ融人保護官や警察が一斉に室内へ雪崩れ込んでくる。
それにより武器を持った彼らと神楽は取り押さえられ、共鳴者たちは保護される。青代と西川は緊急搬送されていく。薮は青代の姿を見て、意識があることに安堵の表情を浮かべるだろう。

【止められなかった】

瞬間、この狭い空間の中に藪の呼んだ融人保護官たちがなだれ込んでくる。
彼らはみなそれぞれ武器を手にし、厳戒態勢で、この場の状況を把握しようと部屋中を見渡す。
錯乱した市民たち、伏せる西川と青代。そして襲われているのは共鳴者と戌井たち。
明らかに異質の瞳を持つ神楽──この場で何がこのような状況を起こしているのか、簡単に予測がついた。

融人保護官らはお互い目配せし、覚悟を決める。

パン、

乾いた銃声が響き渡る。これがこの惨状を終わらせる合図となった。
まず、撃ち抜かれるは彼女の額。次に同じようにパン、パン、と発砲音。
彼女は人を害する融人として処分される。もちろん、こんな結末など、撃った彼らも含めて望んだものではなかった。

08. エンディングへ移行する。

【全員逸脱した】

その後、【ロストED】へ移行する。

08. エンディング

その後、共鳴者たちはUNISONで軽い事情聴取を受けることになる。パンの子である彼女の力の暴走、かつ、原因はあの場所にあることは明白だ。そのままのことを伝えれば、特に長期で拘束されることはない。ただ、しばらく融人保護官や警察から定期的に聴取を受けることにはなるだろう。
夜明けを待つ新宿区役所前で、共鳴者たちは再び顔を見合わせることになる。
戌井は明らかな疲弊を表情に滲ませ、「君たちはこれからどうするの?」と聞くだろう。

【戌井に娘の死を伝えている場合】

Q.戌井はどうするの?

戌井

「僕はもう決めてるんだ。もう、人であるのはやめようと思ってる」

戌井

「帰るよ。元いた場所に。僕の居場所は、人の住む都会ではなく、誰かの隣でもなかった」

【戌井に娘の死を伝えない場合】

Q.戌井はどうするの?

戌井

「娘を……、探し続けるよ。もう少しだけでも、可能性があるのなら」

戌井

「それが親の責任であり、そして僕がするべきことだと思うから」

【戌井とのやりとり】

Q.復讐はやめてほしい

戌井

「する気はないよ」

戌井

「僕は別に彼や彼らを特別恨んでいるわけじゃない」

戌井

「嫌いなのはただ、僕だよ。僕は僕が嫌なだけ」

Q.自暴自棄にはならないでほしい

戌井

「別に今更死ぬつもりなんてないよ」

戌井

「そういうのも、もう全部疲れたんだ」

Q.奥さんは?

戌井

「…………」

戌井

「あの子を、産んだ時に、……亡くなってるよ」

戌井

「僕は……、わからなかった。あの子は昔から体が弱かったから、だからこそ出会えたのだけれども」

戌井

「だから、耐えられなかったのか。多分、そうなんだ」

戌井

「そうなんだけど、でもわからない。だって、人では、ないものを……、産んだから。かもしれないって、思ってしまった」

彼は一通り話した後、都会の灯りで月も星も見えない夜空を見上げる。
そしていつもの、優しい笑みで共鳴者に問う。

戌井

「僕は、ほら。聞きたがりだろう? だから、聞いてもいいかな」

戌井

「ねぇ、君たちは……、これからも人であり続けたい?」

ひとりひとりの答えを聞いて、彼は肯定も否定もせず、
その視線を交じり合わせる。

戌井

「君たちが人でありたいのであれば、1人にはならないように。彼女のように……僕たちは人に願われれば、逸脱を免れることができる」

戌井

「融人が生まれた理由は誰も、何も、知らない……」

戌井

「そういう性質があるのであれば、人と争うためでなく。もしかしたら僕たちは人を愛し、愛されるために、形だけでも同じものになったのかもしれないね」

戌井

「でも、それならば、僕は疲れた。僕を人でいさせてくれるヒトも、人として守るべきものも、もう2度も失ってしまったのだから」

そう告げた後、今まで被っていたキャスケットを共鳴者の1人に被せる。
その姿はもう、まるで、自分には自分を隠す必要はないと言っているようだった。
孤独な覚悟であり、そして哀しい諦観だった。

戌井

「どうか、君たちはお元気で」

戌井

「君たちと友達になれてよかったよ」

戌井

「もしどこか出会う時があれば、その時はどの姿なんだろうね」

【ロストED】

条件:共鳴者が全員逸脱した・肉体的に死んだ

部屋の中には藪の呼んだ融人保護官や警察が一斉に室内へ雪崩れ込んでくる。
それにより武器を持った彼らと神楽は取り押さえられ、青代と西川は緊急搬送されていく。逸脱した共鳴者たちも、UNISONにより保護される。
薮はそんなこの状況を見て、悔しげなため息を吐く。

09. エピローグ

今回の件は西川を含め数人のUNISON職員が中核として行われている。
最初こそUNISON内における統制派と呼ばれる派閥の過激派が思想の元に起こしたものだった。が、資金援助目当てで、融人の人体実験結果を研究所へ流したり、人を集めた結果目的の相違が起きたりと、徐々に組織内でも均衡は崩れ始めており、捕まるのも時間の問題だったようだ。
それでも、共鳴者や薮たちの調査によって犠牲者を減らすことができたのは確かである。
巷を賑わせ、融人との在り方について多くの人間が考え直すこととなった。
この事件をきっかけにUNISONの体制が大きく見直されることとなる。

激動の世で、共鳴者たちはこれからも日常を営んでいく。

《融人 / Harmonia》

それは人ならざる存在が、人の姿に変貌したものの呼称である。
融人が生まれる過程や原因について、現在わかっていることはほとんどない。スウェーデンの生物学者ウルフ・ウィルヘルム・ソーンは「融人の出現は、人類にとってある種の淘汰圧であると言えるかもしれない」という見解を示したが、しかし、それはあくまでも見解であり真実は誰も知らない。
人ならざるもの――融人はどうして人の姿をし、人の言葉を話し、人、もしくは融人と絆を結ぶのか。

そして共鳴者はそんな融人である。
人ではないものとして生まれ、人として育ち、人として生きるナニカ。

貴方がどうして融人なのか、きっと答えられる人は誰もいない。
でも、答えをこれから見つけ出せることはできる。
その結果は、彼女のように人との絆によって導き出すことになるのかもしれない。
ただ、もしかすれば彼のように諦観の未来を辿ることもあるだろう。
共鳴者たちはこれからも、共鳴者として、この世界で起こる当事者として人としての生を歩んでいくことになる。

夜の新宿。遠くの方で、すでに日本で滅びたはずの狼の遠吠えが響く。
それはまるで、君たちの中にある人ならざるものに、「どうか今はまだ眠っておくれよ」と。
そう祈り、優しく寝かしつける子守唄のようだった。