4. 導入

とある週末、融人保護管である共鳴者たちはいつものように事務所で過ごしていた。
数日前から街全体が濃い霧に包まれており、時おり防災無線が濃霧注意報を告げている。

最初の仕事

朝一番に小さなイベントを発生させ、二人の関係性や仕事に対するスタンスを確認しよう。
イベントシーンは下記のリストから選びながら進める、あるいは参加者で話し合いながら独自に作り上げること。{HO2}が融人固有の技能を使用したり、{HO1}が何らかの特殊なガジェットを使用するなどして、問題解決パートをセッション全体のチュートリアルとすることが望ましい。
融人NPCを登場させる場合や戦闘を行わせる場合、共鳴者の〈∞共鳴〉レベルが上がる可能性があるだろう。DLは共鳴判定の回数や戦闘のラウンド数などを調整し、共鳴者の〈∞共鳴〉レベルが4を超えないよう注意すること。
ここで登場したNPCは、その後の探索時に協力者として再登場させてもいいだろう。NPCの名前や設定を控えておけば、別のセッションや自分のシナリオに登場させることもできる。
《5.探索》で探索箇所として情報屋(関谷)の事務所が提示されるため、このパートで先んじて登場させても構わない。
下記の表をセッション中に読むだけではイベントシーンは生まれない。その場で即興的にシーンを作ることが難しいと感じた場合、DLはセッションを始める前にどのようなトラブルを起こしたいか考え、シーンの流れを頭の中で組み立てておくといいだろう。

きっかけ

1.事務所の扉が激しく叩かれる。こちらの返事も待たずに扉が勢いよく開かれた。

2.滅多に鳴らない電話が不気味に着信する。大抵の用事はろくでもない。だが無視するわけにもいかないだろう。

3.事務所の外から布を裂く悲鳴が上がる。助けを求める声が聞こえる。その声に、聞き覚えがあるような気がする。

4.依頼を受けていたことを完全に忘れていた! 書類の山の一番下に埋もれた小さな依頼、達成期限は今日の午前中だ。

5.部屋のどこからか怪しげな音がする。虫か、小動物か、あるいはもっと妙なものが入り込んだか?

6.同業者が事務所を訪ねてくる。どんな仕事も受けるせいで、常に人手不足の零細事務所だ。どうせ応援の依頼だろう。

面倒な仕事

1.事務所の設備や運営に関するトラブルだ。水漏れや小規模な火災、あるいは騒音に対する近隣住民からの苦情かもしれない。

2.借金の取り立てが来た。事務所の運営には何かと金が要る。取り立て人を納得させるだけの金をすぐに工面しないといけない。

3.ひったくり犯を追え! 相手はやたらにすばしっこく、融人と見て間違いないだろう。捕まえるには何か工夫が必要だ。

4.ペット探しの依頼だ。飼っていたハツカネズミがケージをめちゃくちゃに破壊して脱走したらしい。普通、そんなことがあるだろうか?

5.全ての厄介ごとの原因は事務所の立地だ。もっといい場所に移転するには、金も人脈も足りていない。先輩の保護管に相談してみよう。

6.人間関係はいつだって悩みの種だ。いずれかの所員は、NPCとの仲がこじれている。金の貸し借りか、ポリシーの対立か、あるいは色恋だろうか?

危機

1.融人化したばかりの亜獣が襲い掛かってきた! 被害が出る前に食い止めないと!

2.他の保護管と対立することに。ちょっとした戦闘演習で決着をつけよう。

3.融通の利かない付喪とディベートバトルが始まってしまう。一体どうしてこんなことに?

4.口車に乗せられて、不利な契約を結ばされてしまいそう。なんとかしないと破産の危機だ!

5.近くで猛烈な火の手が上がる! 早く消火しないと一帯が大火事に!

6.指名手配中の融人を向かいのビルに発見した! 全てを差し置いても捕まえろ!

解決

1.他人の力に頼る必要はない。融人保護管としてのノウハウや、融人としての能力をいかんなく発揮し、この場を上手くおさめよう。

2.これは自分たちの手に余る。先輩保護管の事務所に連絡を取り、事態の収拾を依頼しよう。借りを作ってしまうが、仕方ない。

3.ほとんどのトラブルは金で解決できるものだ。関係者に幾らか握らせて、平和な日常を買い取ろう。え、これは経費にできないだって?

4.何もかもがイヤになった! 全てを投げ出して、数日どこかへ身を隠そう。じきにほとぼりは冷めるはずさ。

5.暴力だ! 圧倒的な暴力はどんな問題も解決する! 依頼人? ご近所さん? 仕事仲間? 全員叩き潰してしまえ!

6.突然現れた謎の融人が全てを解決した。せめてお名前だけでも……! 名乗るほどの者ではないって、あなたは一体……?

幕引き

1.多少の代償はあったが、問題を見事に解決した。関係者は共鳴者たちに感謝し、十分な謝礼が支払われる。労働の尊さを噛み締めよう。

2.口八丁手八丁、どうにか相手を丸め込んで、この場を切り抜けることができた。すぐにまた同様のトラブルは訪れるが、ひとまず今日は安心だ。

3.一体どうしてこうなった? 金にもならない仕事のために、色んなものが犠牲になった。まだ日は高いが酒でも飲んでしまおうか

4.問題の全ては金で解決できる。しかしこの金に手をつければ、明日の食費は無くなるだろう。来週には事務所の家賃の引き落としもある。お先真っ暗だ。

5.新たに心強い味方を得て、トラブルに打ち勝った。味方は思慮深い先輩の保護管か、話の分かる警官か、あるいは街はずれに住む偏屈な老人かもしれない。

6.事務所に新たな仲間が加わった。それは虫、小動物、あるいは家具かもしれない。いずれ融人にならないとも限らないのだ、丁重に迎えよう。

プレイング例

DL

「それじゃあ君たちの最初の仕事だ」

DL

「表向きは探偵事務所、という設定だったね。君たちの事務所には、どんなきっかけでトラブルが持ち込まれる? 1D6を振って【きっかけ】表から選出してもいいし、何か別のきっかけから始めてもいい」

PL1(人間共鳴者)

「それじゃあダイスで決めようかな。……4が出た! まずい、今日中に解決しないといけない仕事の依頼書が埋もれてた!」

PL2(ネコの亜獣共鳴者)

「期限付きの仕事ってことは、何かを届けるとか作り上げるとか探し出すとか、そういったものかな。【面倒な仕事】表の4はどうだろう。依頼人は今日中に遠方へ引っ越してしまうから、日が暮れるまでに行方不明のペットを探し出さないといけない。ある日突然ペットが融人化して、飼い主の家から逃げ出してしまったんだ」

DL

「OK、それじゃあ依頼主は先週この事務所を訪れ、君たちを完全に信頼して仕事を依頼した。かわいいハツカネズミがケージを破壊して逃げてしまったとね。もちろん依頼人は、今日中にペットが帰ってくると信じて疑っていない。けれど君たちは、ケージがめちゃくちゃにひしゃげている写真を見て、これが融人にまつわるトラブルだと確信した。さて、どのように調査をする?」

PL2

「まずは情報収集だな。街中に出て聞き込みをしていたんじゃ間に合わない。ネコの亜獣仲間である友だちに『最近ネズミ臭い融人を見かけなかったか』って電話で問い合わせてみようかな」

PL1

「僕の共鳴者は君がネコの亜獣であることを知っていていいんだっけ? もし都合が悪ければ、さりげなく席を外すよ」

PL2

「融人であることは知っててもいいけど、原種については隠しておきたいな。それじゃあこう言うよ。“相棒、向かいのコンビニでチーズを買ってきてくれないか。きっと役に立つから”」

PL1

「信じるかなぁ……。まあ、相棒の言うことだから、小首を傾げながらコンビニに向かうよ」

(中略)

DL

「ついに君たちは亜獣となったハツカネズミを路地裏で発見する。くたびれた中年男といった見た目の彼は、一体どこかから盗んできたのか、サイズの合っていないズボンとしわくちゃのキャミソール姿で、いかにもみじめな様子だ」

DL

「もう何日も飯を食っていないのか、腹の鳴る音が君たちの耳にも聞こえてくる。ひどく怯えている様子で、ビクビクと君たちを上目遣いに見ながら後じさりする。戦闘にはならなそうだから【危機】のパートは飛ばそう。どのように【解決】をする?」

PL1

「ひとまず彼が落ち着くように説得してみよう。飼い主に事情を話して、役所の融人用窓口まで付き添ってもらえばいい」

DL

「そうだね……(キャラクターシートを確認する)ああ、君の共鳴者は〈心理〉をレベル2で取得してるね。これで判定するのはどうかな? 彼はだいぶ人間不信になってしまっているようだ。判定の難易度はダブルとしよう」

PL1

「よし、チーズを振って見せながらこう言おう。“落ち着きなさい。君の飼い主だった人から依頼されて君を探していたんだよ”……ああ、シングル成功だ」

DL

「それじゃあハツカネズミの融人は君の言葉に更に怯え、身をひるがえして駆けだしてしまう。そうだな……飼い主に対して何かトラウマがあるのかもしれないな。ペット時代に虐待を受けていたか、あるいは虐待を受けたと思い込んでしまっているのかも。とにかく、すぐに追いつかないと見失ってしまうよ」

PL2

「僕の共鳴者がすぐに反応するよ。ネコの亜獣だから、すばしっこいものを見ると反射的に追いかけてしまうんだ。身体の一部を原種に変えて追いかけよう」

DL

「いいね。そうしたら、君の〈オリジン〉で判定しよう。これはネコの性質とも合っているし、判定の難易度はシングルだ。お、成功したね。それじゃあ彼を捕まえることができる。どんな風に捕まえたかな?」

PL2

「脚をネコに変貌させて、素早く彼の前に回り込み、“待ちなよネズミちゃん”と言って襟首を掴んで捕らえるよ。飼い主との間に何かあったのか察せていてもいい?」

DL

「〈心理〉で判定したのは君の相棒だからね」

PL1

「そうしたら、息を切らしながら君のところへ追いつこう。“よせ相棒、何か様子が変だ! 飼い主との間に何かあったのかもしれない”」

(中略)

DL

「依頼人と元ペットの間の複雑な事情を君たちは知った。【問題解決】表は必要なさそうだね」

DL

「君たちがこの事件をどうやって決着させたかを描いて、最初の仕事は終わりにしよう。そのまま飼い主に引き渡すのか、それとも“ペットは見つからなかった”と報告するのか、それは君たちの自由だ――」

スーツの男

朝のトラブルを解決し、ひと段落した頃、事務所の扉がノックされる。
訪問者は大瀧おおたきと名乗る大柄でスーツ姿の男だった。

大瀧

「すみません、こちら融人保護管の事務所だとUNISONユニゾンの人から伺ってきたのですが……」

彼は最近融人となったコウモリの亜獣で、自分のような人間が集まるたまり場を探しているのだという。

大瀧

「人として生活していくためのノウハウなんかを融人の先輩から学べるような場所はありますか? バーとか喫茶店とか、セミナーハウスとかでもいいんですが……」

共鳴者に心当たりがある場合、それを教えてもいい。もし何もなかった場合、ここで新たに創出するといいだろう。
例えば『公民館の一室で行われるワークショップ』や『融人たちの情報交換が盛んに行われるバー』、『自然公園で活動するスポーツクラブ』など様々な融人コミュニティが考えられる。

大瀧

「本当にありがとうございます。いずれお仕事を依頼することもあるかもしれませんし、携帯電話の番号を教えて頂けますか?」

大瀧に連絡先を教えるならば、彼はペコペコと何度も頭を下げて去っていく。

5.探索

妙に気忙きぜわしい午前を終え、ようやく一息ついた頃、事務所の扉をおずおずと小さく叩く音が響く。扉の向こうには、年のころ10にも満たない、肌の白い少年が立っていた。

利春

「あの、人を探してほしいんです」

少年は星ノ宮利春ほしのみやとしはると名乗り、いなくなった兄を探して欲しいと依頼する。

利春

「僕はその、人じゃないんです。人間の恰好ですけど、元は石です。付喪、っていうらしいんですが……3年前に、兄と一緒にこうなりました」

利春

「それで、兄が少し前から行方不明になったんです。今まではこんなこと一度もなくて、あちこち探したんですけど、どこにも見つからないんです」

利春はまだ警察にもUNISONにも相談しておらず、近所の融人保護管を頼りに来たと話す。

利春

「お金はそんなに無いんですが、後でUNISONっていうところに相談すれば補助金も貰えるらしくて……よくわからないんですが、兄を探してもらえますか?」

利春の言う補助金について、“経済的な理由から民間の保護管に依頼することが難しい融人のために、UNISONから保護管へ所定の報奨金が支払われる制度のことを指している”とわかるだろう。

利春が持参した写真を見ると、背の高い20才ほどの青年が写っている。肉体労働者らしく身体はたくましいが、面差しは利春によく似ていた。
彼から兄捜索の依頼を受ける理由は何でも構わない。単なる暇つぶしとしてもいいし、彼の身の上に同情してのことでもいい。とにかく共鳴者たちは利春から兄の特徴や失踪直前の情報を聞き出し、捜索に向かうこととなる。
利春は共鳴者たちに同行することを想定しているが、もし共鳴者がそれを嫌がった場合、電話などを利用して適宜情報を与えるといいだろう。

星ノ宮利春ほしのみやとしはる

外見年齢10才。石の付喪。
小学5年生として、近所の小学校に通っている。
3年前、兵庫県の山中で突如融人化し、同じく融人化した兄の隼大と共に生活している。
融人化する以前の記憶はほとんど持っていない。

星ノ宮隼大ほしのみやはやた

外見年齢20才。利春の兄である融人。
紅巾建設こうきんけんせつという会社にアルバイトとして勤めており、建設現場で肉体労働をしていた。
3日前、いつものように現場へ向かい、それきり帰って来なかった。

調査開始

共鳴者たちはどのように調査を開始するだろうか。自由なアプローチで調査し、シーンを作って構わない。
事件に関する情報が集まる場所として、[紅巾建設、情報屋、UNISON、利春の友人]を用意しているが、新たにシーンを作ってそこで情報を出しても構わない。
新たにシーンを創出した場合、導入で登場したNPCを犠牲者の一人として登場させてもいいだろう。
進行に必要な情報が全て出たとDLが判断した時点で、 [6. 霧] へ移行する。

最初から選べるシーン

紅巾建設
情報屋
UNISON JAPAN

途中から選べるシーン

利春の友人
壊滅したコミュニティ

調査シーンで出る情報

融人があちこちで行方不明になっている。彼らがいなくなったのは、いずれも『霧の濃い夜』だったと共通している。
共鳴者たちの知人である融人(情報屋や探偵など、融人に関わる様々な裏事情に明るい人間)が原種の姿で発見される。
大瀧と名乗るダークスーツ姿の大男が複数の行方不明者の近くで目撃されている。

もし共鳴者が「おおたきという名を持ち、天候を操る性質がある」などの情報を元に、相手が越境者ではないかと疑った場合、図書館やインターネットによる資料検索、あるいは民俗学や越境者に詳しい者への問い合わせにより、大瀧とは『大嶽丸』という鬼の越境者ではないかと察することができる。

大嶽丸おおたけまる

9世紀頃、伊勢国いせのくに近江国おうみのくに国境くにざかいにある鈴鹿山に棲みつき、日本の転覆を企てた大鬼。霧や雷雲を呼び、空を自在に飛び回り、火の雨を降らせることができる。
坂上田村麻呂によって追い詰められ、退魔の刀「ソハヤノツルギ」によって首を刎ねられた。しかし、魂を複数に分けていた大嶽丸は後に復活し、再び坂上田村麻呂に挑むもソハヤノツルギによって首と四肢をバラバラに切り離されてついに封じられた。首だけになった大嶽丸は、それでも坂上田村麻呂の兜に食らいつくという壮絶な末期を見せたという。

紅巾建設

融人を数多く雇う土木建設会社だ。利春は何度か兄を迎えに、街はずれの建設現場へ行ったことがあると言い、共鳴者たちを案内してくれる。
建築現場に到着すると、街の中心部に比べ霧は薄くなっていた。現場で指揮を取っていた一人の巨漢が、利春を見つけて駆け寄ってくる。

石橋

「おお、利春じゃねぇか! 兄貴はどうした!」

利春はもじもじとして何も答えず、共鳴者たちの後ろに隠れてしまう。巨漢は怪訝けげんそうになり、共鳴者たちに目をやる。

石橋

「……ん、そちらさん方は?」

共鳴者たちが事情を話せば、石橋と名乗るその巨漢は親身に話を聞き、知っていることを教えてくれるだろう。

石橋

「あいつは真面目な奴でな。うちの頭領から話を聞いてるが、融人なんだろ? うちの会社、似たようなのが何人かいるんだよ。まぁ人間に色んなやつがいるみたいに、融人にだって色んなやつがいる。あいつは特に、頭にクソがつくほど真面目だった。教えられたことは寸分たがわずキッチリやるし、遅刻も欠勤もしたことがなかった。だからあいつが突然無断欠勤したってんで驚いたよ。ときどきあいつを職場まで迎えに来てた利春のことも心配でよ、ずっと気をもんでたんだよ」

石橋

「あいつを最後に見たのは、3日前の現場だったな。少し工期が遅れてて残業になってよ。夜8時ぴったりに解散したんだ。妙に生ぬるい、嫌な空気の晩でな……濃い霧の出た夜だった」

質疑応答例(石橋)

Q.隼大の行き先について
A.隼大のプライベートについて全くわからず見当もつかない。彼はいつも家と職場の往復で、職場の人間と酒を飲みに行くこともなかった。
Q.霧について
A.数日前から頻繁に霧が出ることを不審に思っている。

石橋

「この辺りに住んでしばらく経つが、こんな風に霧が出たことはないよ。雷がゴロゴロ鳴ってるような音も聞いたが、天気予報じゃ何も言ってなかったな」

Q.融人の行方不明者について
A.他の現場でも融人のアルバイトが突然来なくなったという話を聞く。よくあること、と言うと聞こえが悪いが、融人は癖のある者が多く、それほど問題視もされてないというのが実情である。

石橋

「上の方は“人手が足りない”って騒いでるよ」

Q.作業員について
A.この現場に、隼大以外の融人はいない。

石橋

「うちの監督から“お前らは生ビールの融人なんだ”って言われても驚かねぇけどな」

情報屋

ウシガエルの亜獣、関谷と名乗る中年男が営む情報屋だ。関谷は表向きは不動産業を営む不健康そうな男だが、裏では融人にまつわる様々な情報を収集し、売りさばいている。共鳴者たちは彼の情報を何度か利用したことがあるとしてもいいし、他の融人保護管から噂を聞いたことがある程度としてもいい。

街はずれの雑居ビルの地下、関谷が営む不動産事務所を訪れると、室内は荒れ果てていた。
スチールラックは倒れ、様々な書類が散乱している。丁寧に世話をされていたアクアリウムは水槽が大破し、そこら中が水浸しだ。
室内には大きなウシガエルが寝そべり、気だるそうに共鳴者たちを見上げた。
情報屋のデスクには、彼がいつも着ているくたびれたラクダ色のスーツがひと揃い脱ぎ捨てられており、椅子の下に転がる靴の中には靴下がそれぞれ収まっている。
寝そべっているウシガエルにどのようなコンタクトを取ったとしても、返答らしきものが返って来ることはない。
室内をよく調べると、吹き飛んだ机の鍵付きの引き出しがひしゃげ、日誌がはみ出ているのを発見することができる。
ほとんどのページは水でにじみ判読不能だが、一番新しい記述は辛うじて判読できた。

【情報屋の日誌】

ここひと月の間に融人の行方不明者が21人報告されている。これは10年前、カルト組織が融人狩りをやったときのペースを大きく超えてる。明らかに異常事態だ。Uの狸オヤジも頭を抱えている。
あちこちに問い合わせると、Gのバカが「そう言えば先月うちの県でも大分消えた」と抜かしやがった。そういうネタはすぐに回せって言ってんのに、愚図ぐずのノロマ野郎め。これだから付喪はイヤなんだ。
消えた融人の周囲に、妙な人物が顔を出してる。ダークスーツの大男か……思い当たる奴が多くて絞れねぇな。最近どうも夜になると霧やら雷雲やらが出るのも気に掛かる。何か仕掛けて来てやがるのか?
おそらく普通の人間の仕業じゃない。越境者を洗ってみるか。気象を操る妖怪や鬼にはいくつか心当たりがある。

UNISON JAPAN

新宿にある日本支部へ顔を出したり、電話での問い合わせをした場合、下記の内容を聞くことができる。亀陸優子かめおかゆうこという職員が応対してくれるだろう。

質疑応答例(亀陸)

Q.融人の行方不明者について
A.ここ1週間の間で何人かの融人が行方不明になっているという報告を受けた。詳しいことはまだ何も分かっておらず、近隣の保護管や関係機関に情報提供を呼び掛けている。行方不明者が出た日は必ず霧が出ていた、という報告もあるが関連性は不明。10年ほど前、一人の越境者が融人を集めたカルト組織を立ち上げ、国家転覆を狙ったことがあった。今回が同様のケースとは限らないが、警戒をするように。

亀陸

「くれぐれも気を付けてくださいね!」

Q.星ノ宮兄弟について
A.3年前に兵庫県の市役所で登録されている。両名とも『石の付喪』として登録されている。

亀陸

「近くで同時に融人化したらしく、お互いに兄弟であると認識していたようですので、そのまま兄弟として登録されたようですね!」

Q.隼大の行方について
A.行方不明になった隼大のことを伝えるのであれば、UNISONから各機関に情報を共有してくれるらしい。

亀陸

「こちらでは把握できていませんでした。情報提供に感謝します!」

Q.その他、不審な情報について
A.今朝方、イヌの亜獣である民間人から、奇妙な音を聞いたと通報があった。金属の打ち鳴らされる鋭い音、超局所的な嵐の音がした……などの報告を受けているが、まだ未確認である。音の発生した場所は“通報者の自宅からざっくり西の方角、少なくとも数kmは離れている”ということしか分からなかった。

亀陸

「通報者の住所はあなた方の事務所とさほど離れていませんでした。ご参考までに!」

利春の友人

“あちこちで融人が消えている”という情報を得た場合、利春がおずおずと口を開く。

利春

「消えた融人って言うと、僕と同じクラスにひとり付喪の子がいるんですが、一昨日から学校を休んでるんです。立羽流留たちばねるるさんって子で、元々はタブレットコンピューターだったそうです。ただの風邪じゃないかって先生は言ってたんですが、昨日から連絡がつかなくて……。その子、保護者の人が忙しいみたいで、ほとんど一人暮らしだから、ちょっと心配で……」

利春の案内で立羽の自宅を訪れると、玄関のドアが薄く開いている。中へ入ると、廊下を泥のついた革靴で踏みしめた痕が点々と残っており、奥のリビングへ続いている。リビングでは、ダイニングテーブルの上に一台のタブレット型コンピュータが落ちている。
画面にヒビの入ったタブレット……かつて同級生の少女であったものを見た利春は、その場にがっくりと膝をつく。

共鳴判定(強度5/上昇1)
∞共鳴感情:[好奇心(欲望)、向上(理想)、庇護(関係)]

タブレットを調べる

待ち受け画面にはメモ帳アプリだけが置いてある。開くと、そこにメッセージが書かれていた。

【立羽のメッセージ】

日の沈む方から黒い人が来た
真っ白な霧を連れてきた
おおたき
黒いスーツの大きな人
私たちを憎んでいる
元の姿に戻れと言われた
リビングに逃げた
でもダメだった
大きな銀の鏡
私が映った
私の元の姿が映った
元の姿に戻りたくない
学校に行きたい
みんなと遊びたい
豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺

足跡はダイニングテーブルをぐるりと一周し、そのまま勝手口へ抜けている。
それ以上の追跡は不可能だった。

壊滅したコミュニティ

共鳴者の携帯電話が、UNISON JAPANからの着信を告げる。

「先ほど、[共鳴者が大瀧に教えたコミュニティ]が何者かによって襲撃されたとの報告がありました。現場の近くにいましたら、急行してください!」

「つい1時間ほど前です。少なくとも10名ほどの融人が服や所持品を残したまま消えました。数体の動物や、その場に似つかわしくない物品が複数発見されたことから、消えた融人たちは何らかの手段によって原種の姿に戻ってしまった可能性があります。意図的な破壊行為が行われた可能性が高く、近隣の保護管に情報の提供を呼びかけています」

共鳴者が大瀧の情報を共有するのであれば、職員は礼を述べる。
「ありがとうございます。頂いた情報は他の保護管にも共有しておきます。続報があれば連絡しますので、引き続き協力をお願いします」

質疑応答例(亀陸)

Q.現場について
A.まだ分かっていることはない。事件との関連は不明だが、現場では少し前まで濃い霧が出ていたとの報告があった。
Q.犯人について
A.何も分からない。
Q.目撃者について
A.誰もいない。その場にいたと見られる融人とは現在連絡が取れなくなっている。
Q.大瀧について
A.大瀧なる人物は最近登録された融人のリストに見当たらない。

共鳴者がUNISON JAPANの担当者に「大瀧と名乗る男にコミュニティを教えたばかりだ」と伝えるのであれば亀陸は大瀧の情報を付近の融人保護管と共有し、何か分かれば共鳴者に知らせると約束するだろう。
現場に向かう場合、 壊滅 イベントが発生する。

壊滅

[共鳴者が大瀧に教えたコミュニティ]に到着すると、辺りはしんと静まり返っている。入り口をくぐる瞬間、大きなシカの頭がぬっと飛び出す。シカの黒々とした無機質な目が共鳴者たちをじっと見つめたが、やがて驚いたようにその場で跳ね、近くの路地へ飛び込んでいくだろう。

融人たちのいこいの場は荒れ果て、崩壊していた。机や椅子はひっくり返り、割れ砕けたコップが散乱している。棚は引き倒され、床には正体不明の水たまりがある。何より異様なのは、室内には明らかにこの場にそぐわない多様な動植物、物体がひしめいていたということだ。
一株のシダ植物が根をむき出しにしてぐったりと萎れていたり、錆びた子供用自転車が逆さになってキィキィ音を立てていたり、あるいは一匹のビーバーが大きな魚の腹を熱心に貪っていたりと、目のくらむような光景がそこにあった。
この場を調査するのであれば、室内には多数の服やバッグ、貴重品などが残されており、ここで「原種」の姿に戻った融人が少なくとも15人はいるとわかるだろう。

[共鳴者が大瀧に教えたコミュニティ]を後にすると、狙いすましたように大瀧から着信が入る。

大瀧

「ああ、大瀧です。先ほどはお世話になりました。実は教えて頂いたコミュニティが少し肌に合わなくて、すぐ出てしまったんです。申し訳ないんですが、他にもコミュニティに心当たりがあれば教えて頂けませんか?」

共鳴者が大瀧を疑ったり、罠に掛けようとした場合、それを悟った大瀧は大きな舌打ちをして電話を切る。その後、大瀧に電話が繋がることは二度となかった。

6.霧の街

夕暮れ

街中が赤い光に染まり始めた頃、利春はおずおずと共鳴者たちに尋ねる。

利春

「暗くなってきたので、今日は家に帰ります。良ければ、家まで送ってもらえませんか……?」

承諾する場合、利春の自宅へ向かう道すがらに彼は生い立ちを語り始める。

利春との会話

利春

「最近、ようやく人として暮らすことにも慣れて来たんです。石だった頃のことはあまり覚えていないんですけど、本当に長い時間、山の中で転がっているばかりだったので……」

利春

「{HO1}さんは、融人のこと、どう思っていますか? トラブルもたくさんあって、イヤだなって思ったりしてませんか?」

{HO2}が融人であることを隠していなかった場合、利春はそのことに言及し、人として生きることについて、葛藤の有無、原種に戻りたいと思うことはあるのかなど、様々な質問をする。利春に他意はなく、ただ融人として生きる不安を吐露とろしているだけである。利春は人間の生活を気に入っており、元の石に戻りたいとは思っていないが、上手く社会へ馴染めていないような不安を抱えている。

利春

「{HO2}さんは、人間の姿になったときのことを覚えていますか? 不安じゃ、ありませんでしたか?」

利春

「山の中と比べて、街はすごくうるさくて、激しくて、輝いています。{HO2}さんは、元の姿に戻りたいと思ったことはありますか?」

利春

「僕は、ありません。本当に今の生活が気に入ってるんです。お兄ちゃんも、UNISONの人たちも、学校の子たちもすごく優しくて、今、とても楽しいんです。立羽さんも、本当に優しい女の子で……」

利春

「早くお兄ちゃんと会いたいです。いま、どこにいるんだろう。それほど遠くにいないような、実はすぐ近くにいるような……そんな気がしているんですけど……」

会話を交わすごとに、利春の表情は暗くなり、口数が少なくなっていく。やがて古いアパートにたどり着き、廊下を掃き掃除している大家らしき老人と挨拶し、ようやく利春は笑顔を取り戻し別れを告げる。

利春

「送って頂いてありがとうございました。戸締り、しっかりしておきます」

もし共鳴者たちが利春と一緒に夜を明かそうとした場合、利春の自宅や共鳴者の事務所で共に過ごしても構わない。

利春と別れる場合は 犠牲者 のイベントが発生し、利春と共に夜を明かす場合は 襲撃 イベントが発生する。

犠牲者

利春と別れ、事務所へ戻る道すがら、少しずつ霧が濃くなってきたことに気付くだろう。防災無線から濃霧注意報の発令が知らされる。すぐに十数メートル先の視界もきかなくなる。霧が晴れるまで出歩くのは危険かもしれない。
事務所に戻ると、扉が激しくノックされる。
やって来たのは、霧に全身を濡らす痩せた男だった。彼のズボンは破れ、焦げ臭いにおいが立ち上り、そこから柔らかな毛に覆われたウサギの足が覗いている。

「た、助けてください。表で変な男に襲われて……。あれは、越境者だ。変な力を使ってる。この霧も……」

男は言葉の途中でガクガクと痙攣し、うずくまる。男の背中がみるみるうちに小さくなり、やがて完全に消えてしまう。床にくしゃくしゃと丸まった彼のシャツの中から、小さなウサギが飛び出し、空いたままの扉から外へ飛び出していった。

共鳴判定(強度5/上昇1)
∞共鳴感情:[本能(欲望)、恐怖(情念)、後悔(傷)]

事務所の外を確認しても、不審な男の姿はない。霧は濃く立ち込めたままで、襲撃者のにおいも痕跡もことごとく消し去っていた。
残された男の服を見れば、焼け焦げたような穴がズボンやシャツのあちこちにあることがわかる。ジャケットの内ポケットに財布が入っており、身分証を見てUNISONに照会すれば、男は5年前に登録されたウサギの亜獣であったとわかるだろう。

まだ大嶽丸の情報が出ていない場合は UNISONからの報告 イベントを発生させ、既に発生していた場合は 明くる日 に進行する。

襲撃

深夜、街がしんと寝静まった頃、共鳴者たちは身体を包むうそ寒さに目を覚ます。暗い室内には乳白色のもやが立ち込めており、パチパチと静電気の弾ける音がする。空気の焦げる匂いがし、全身がじっとり濡れているのを感じる。共鳴者たちの身体は重く痺れたようになり、指一本動かすこともできない。
黒く大きな人影が部屋の中に立っており、ぐったりとした利春を肩に担ぎあげている。
黒々と陰った顔の辺りで、青白い乱杭らんぐいの牙が濡れ光る。人影は部屋を滑り、音もなく去っていく。
数分後、共鳴者たちの身体が自由になると同時に、室内のもやは波が引くように消えていった。

もし共鳴者たちが部屋を飛び出し、誘拐者の去っていく方向を見定めようとするのであれば、西の方角へ消えていく乳白色のもやを垣間かいま見ることができる。それ以上の追跡は不可能である。

まだ大嶽丸の情報が出ていない場合は UNISONからの報告 イベントを発生させ、既に発生していた場合は 明くる日 に進行する。

UNISONからの報告

これまで大嶽丸の情報が出ていない場合、UNISON JAPANの亀陸から着信があり、「大瀧の原種と推測される存在について、民話に明るい融人保護管から報告を受けた」と情報が共有される。大瀧は強大な力を持つ越境者であると目されており、その原種は「高い危険性を持つ何か」である可能性がある。これを【逸脱】させてしまうと、その周囲に大きな被害をもたらすかもしれないと示唆する。

「伝説上の刀でもあれば対処できるのかもしれませんが、あいにくUNISONではそのようなものを所持しておらず……」

明くる日

街中が深い霧に包まれていた。携帯電話は通じず、遠くの音もほとんど届かない。
時おり濃霧注意報を告げる防災無線の声が風に乗って切れ切れに聞こえるのを除き、街は死んだように静まり返っている。

事務所の固定電話が着信を告げる。掛けてきたのはUNISON JAPANの職員、亀陸だった。

亀陸

「おはようございます。そちらの事務所から3kmほど離れた地点で、数日前から局所的な範囲に異常な濃度の霧が発生しているとの報告を受けました。霧の中心部から一番近い保護管事務所がそちらですので、現場の調査をお願いします。座標をメールで送りましたのご確認ください」

亀陸から送られた座標を確認すると、事務所から徒歩30分ほどの距離にある空地が示されている。
座標の場所を訪れると、街はずれにぽつりと藪があった。緑地と呼ぶほどに整備されておらず、簡素な柵が外界との境になっている。
藪を漕ぎ、ねっとりとした霧をかぎ分けながら進んで行くと、その中心にある杉の古木に一人の男が縛り付けられていた。

隼大

「すみません……これをほどいて頂けませんか」

男は利春によく似た顔立ちの青年だった。青年は星ノ宮隼大という名の、刀の越境者であると名乗る。
隼大を古木に縛り付けているものは、黒々として粘つくゴム質の紐だ。刃物を使うなどして時間を掛ければ切断することができるだろう。
4日あまり飲まず食わずで縛られていた隼大はひどく衰弱しており、共鳴者に肩を借りなければ真っすぐ歩くことも難しそうだ。

隼大

「申し訳ないのですが、私の家まで送っては頂けませんか。弟が私の帰りを待っているんです」

もし 襲撃 のイベントが発生していた場合、共鳴者は既に利春が家にいないことを知っているだろう。それを隼大に伝えるのであれば、彼は今にも卒倒しそうなほどショックを受けてしまう。

質疑応答礼(隼大)

Q.縛られた理由について
A.宿敵を追っていたが罠に掛けられてしまった。霧の中は時間間隔が曖昧で、どれほど時間が経っているのかもわかっていない。

隼大

「霧の中で不意を突かれました……邪悪な存在は私に直接手出しができないので、このような卑劣な手を使うしかなかったのです」

Q.隼大について
A.自分の「原種」は1000年前に外宇宙から飛来した刀である。破邪の力を持つ人間の手にあるうちに霊性を得て、やがて退魔の刀と呼ばれるようになった。人間の姿を得たのはごく最近で、それまでは兵庫県の山中で弟と共に雨風に打たれていた。

隼大

「私はかつてソハヤノツルギと呼ばれていました」

Q.利春について
A.弟は9世紀に妙見山へ墜落した隕石の付喪である。子どもの姿で発見され、当時のみかどより星丸ほしまるの名を授かった。後に田村利春たむらとしはると名を変え、池の精との間に子をもうけた。死後再び隕石の姿に戻り1000年が経った頃、利春も付喪として第二の生を受ける。星丸、そして田村利春であった頃の記憶はほとんど失っており、ただ隼大を兄と認識して慕っている。

隼大

「可哀想な弟です。何もかも忘れてしまったのに、私のことだけは今も兄と呼んでいる……」

Q.宿敵・大瀧について
A.かつて、刀として坂上田村麻呂に振るわれていた頃、伊勢の国の鈴鹿山に棲みつく大嶽丸という強大な鬼と戦ったことがある。今でこそあまり名は知られていないが、当時は鬼の頭目とうもくである酒吞童子しゅてんどうじと並び称されるほどの鬼神であった。その鬼が再び地上に現れたのだとすれば、大きな災いとなるだろう。

隼大

「殺しても殺しきれる相手ではありません。鬼の姿はきっと、大嶽丸の正体ではないのでしょう。あれはもっと大きく恐ろしいものです。例えばそう、山のような……」

Q.(利春が既に誘拐されている場合)利春の行方について
A.兄弟としての霊感が働き、おおよその方角さえ分かれば弟の元へたどり着くことができる。

隼大

「せめて方角さえ分かればいいのですが……」

星ノ宮宅

襲撃 イベントが発生していない場合、隼大と共に星ノ宮宅に向かうこととなるだろう。
ふらつきながら玄関扉へ鍵を差し込んだ隼大は、怪訝な表情を浮かべる。すぐに血相を変え、家の中に飛び込んでいく。
家の中は荒れ果てていた。小さな1DKの室内は霧が立ち込め、壁も窓もひどく濡れている。
空気が焦げたような臭いが充満し、布団やテーブルが壁際に吹き飛んでいる。畳敷きの床には、小さな爪で引っ掻いたような痕が残っており、利春の最後の抵抗を思わせるものだった。
〈観察眼〉 などに成功すると、部屋のあちこちに小さな石の欠片が散らばっており、ここで激しい争いが繰り広げられたことを想起させる。また、カーテンの端が焦げ付いており、この場で火が用いられたかもしれないと気付くことができる。

Q.利春の行方について
A.兄弟としての霊感が働き、おおよその方角さえ分かれば弟の元へたどり着くことができる。

隼大

「せめて方角さえ分かればいいのですが……」

西へ

宛もなく、ただ西へ向かう。
異常な濃霧のせいか、街には人通りも車通りもない。民家や街灯の明かりが怪物の目玉のようにぼんやりと光っている。携帯電話の電波はほとんど通じなくなっており、声を張り上げても霧に吸い取られるように消えていく。
やがて隼大は「あそこです、あそこに弟がいます!」と前方を指さす。そこにあったのは、街はずれに打ち捨てられた廃工場だった。

7. 大瀧のアジト

廃工場の内部は、ほとんどの機材は既に運び出されたのか、ガランとした大部屋に朽ちたスチールラックがあるばかりだ。
霧を透かして外の光がおぼろに入り、あちこちを白く輝かせている。

部屋の中央に、ダークスーツを身にまとった大男が座っている。男が腰かけているのは、艶のある大きな丸石だ。

スチルイラスト: still5.png

〈直感〉〈観察眼〉〈心理〉 などに成功した共鳴者は、その石を見て隼大の目の色が怒りに燃え上がったことに気づくだろう。

大瀧は感心したように「ほう」と息を吐く。

大瀧

「ソハヤノツルギ……こんなに早く抜け出てくるとは思いませんでした。頃合いを見て海にでも捨てようかと思っていましたが、もっと早くそうするべきでしたね。おや、そちらのお二人は……どこかでお会いしましたっけ?」

大瀧

「残念ですが、私はただの人間に用はないのです。あなた方はあるべき姿でいるのですから、どうぞお好きなように生きていてください。私が探しているのは、この坊やのように、ケダモノや人工物、石ころや土くれのくせに知性を得たような気になって社会に紛れ込む、寄生虫のような連中だ」

ごうと風が吹き、外からミルクのように濃密な霧がなだれ込む。大瀧の周囲で渦を巻き、一点に向かって収束していく。やがて霧は銀色に輝く丸鏡となって、共鳴者たちの姿を映し出した。{HO1}の姿は何も変わらず、しかし{HO2}は原種の姿としてそこに映っていた。共鳴者たちは身体中が痺れたようになり、その鏡から目を逸らすことができなくなる。

大瀧

「なるほど、あなたの原種は〇〇ですか……。どうです、鏡に映る元の姿は。その仮初の姿よりもよっぽど美しいでしょう。偽物の知性を持たず、野蛮で、あるべき姿です。さあ、この鏡をじっと見つめれば、すぐに元の姿に戻れます。いかがですか」

大瀧の目が妖しく光り、いっそう姿がよく見えるようその鏡を共鳴者の前に押し出す。同時、共鳴者の傍らから隼大が飛び出し、鏡の前に立ちはだかった。

大瀧

「私は自分の力で戦えません。私は人間によって振るわれる退魔の刀です」

大瀧

「鬼でも融人でもなく、人間にしか扱えません。どうか私を使ってください。弟の仇を取らせてください」

共鳴者たちの目の前で隼大の背中が溶けるようにくずれ、やがて煌めく刀身を持つ一振りの刀が床に落ちた。涼やかな音が鳴り、共鳴者たちの身体は自由を取り戻す。

ソハヤノツルギ

坂上田村麻呂が鬼神退治に用いた退魔の刀。
人間にしか扱うことができないが、超常的な存在に対し強い力を発揮する。

〈*格闘〉〈武術〉 などにより扱え、武器攻撃力は1D6。超常的な存在に対する武器攻撃力は2D4+1。行動不能の対象に用いる際、判定は不要。

{HO2}が原種に戻ることを選択する

大瀧はその選択に満足し、{HO2}に鏡面を向ける。再び鏡を覗き込んだ{HO2}は、見る間に人間の身体が溶け、完全に原種の姿へ変貌していく。{HO2}は薄れゆく意識の中で、人間としての自我が溶けるのを感じる。懐かしく甘やかな野生が、本能が、虚無が頭の中を満たしていく。やがてその意識は完全に途絶えた。

8. エンディング へ。

大瀧

「物わかりのいい融人で助かります。あるべき姿で永らえ、朽ちていくがいいでしょう」

大瀧を「大嶽丸」と呼ぶ

大瀧の顔に満面の笑みが浮かぶ。

大瀧

「ああ、その名を聞くのはずいぶん久しぶりだ。あれから1000年以上経つだろうか……坂上田村麻呂に追い詰められ、石窟の中で果てたふりをして逃げ延びた屈辱の記憶……。いえ、いいんですよ。過去のことですし、その屈辱を忘れないために、こうして今も名に残しているのですから」

大瀧に「お前も融人だろう」と自己矛盾を付きつける

大瀧の顔からは何の感情も読み取れない。ただ張り付けたような笑みを浮かべ、小さく首を振る。

大瀧

「あなた方は何もわかっていない。千年前から何も変わらぬ、駄々をこねている赤子のままだ……」

大瀧と敵対する

大瀧の顔に青筋が浮き、怒気の熱が噴き出す。上半身がみるみる膨張し、ダークスーツが弾け飛ぶ。
長い尾が背後に突き出し、湿った地面を打ち鳴らす。
そこに現れたのは、伝説の大鬼、大嶽丸の威容だった。

大瀧

不遜ふそんな人間が……誰に歯向かっているのかわかっているのか? 私の名は大嶽丸……大江山おおえやまの酒吞童子に並ぶ妖怪は、天下広しと言えど私と九尾きゅうびが狐のみよ」

共鳴判定(強度8/上昇1)
∞共鳴感情:[破壊(欲望)、怒り(情念)、支配(関係)]

戦闘

大瀧と敵対することを選んだ場合、共鳴判定後に戦闘ラウンドへ突入する。終了条件は共鳴者両名の戦闘不能、大嶽丸を【逸脱】させる、{HO2}が原種に戻ると宣言する、大嶽丸を無力化する……のいずれか。
ステータスは【大瀧】を参照する。DLは共鳴者のステータスや技能に合わせ、大嶽丸のHPや〈火の雨〉のダメージを調整しても構わない。なお、{HO2}が〈オリジン〉を使用する度に大嶽丸の〈∞共鳴〉レベルも1上昇する。

大嶽丸

あるべき姿に戻すもの

特殊処理

〈∞共鳴〉レベル
戦闘開始時の〈∞共鳴〉レベル:3

〈霧鏡〉
霧から作り出した鏡に対象1体の歪んだ姿を映し出し、鏡像との共鳴を引き起こす。共鳴感情は自身のものを使用する(必ず完全一致となる)。

共鳴判定(強度5/上昇1)
∞共鳴感情:[共鳴者自身のもの]

〈火の雨〉
青い炎のつぶてを無数に飛ばし、対象1体に攻撃する。対象は成功数D4のダメージを受けるが、身体が濡れている場合は1度だけダメージを半分(小数点以下切り捨て)にする。

戦闘開始時点では濃霧により共鳴者たちの身体が濡れているため、最初の〈火の雨〉攻撃はダメージが半減する。

〈復活〉
HPが0になると、大嶽丸はラウンド終了時まで行動不能になる。次のラウンド開始時、HPを6まで回復させ再び行動し始める。

大嶽丸が〈復活〉を行う度に彼の〈∞共鳴〉レベルは1D6ずつ上昇していき、10を越えると【逸脱】状態となり「原種」である名もなき山となる。

戦闘終了

この戦闘で共鳴者が死亡することを望まない場合、DLは共鳴者が戦闘不能になる瞬間にソハヤノツルギと大嶽丸を相打ちにさせてもよい。以下の描写をし、共鳴者が大嶽丸の首を刎ねた際と同様に進行する。

DL

「ソハヤノツルギが光を放ち、火の雨を切り裂きながら一直線に大嶽丸の喉元へ飛んでいく。激しい金属音がし、廃工場にこだまする。耳の痛くなるような静寂……中空に浮いていたソハヤノツルギが光を失い、鍔元つばもとから二つに折れて地に落ちる。やや遅れて、大嶽丸の首がずるりと落ちた。」

共鳴者が両名とも戦闘不能になった

大嶽丸は愉快そうに笑い、{HO2}の頭を掴み上げ鏡の前に引きずる。

大瀧

「さあ、よく見ろ。お前のあるべき姿を。帰るべき場所を」

{HO2}は薄れゆく意識の中で、徐々に人間としての自我が溶けるのを感じる。
懐かしく甘やかな野生が、本能が、虚無が頭の中を満たしていく。やがてその意識は完全に途絶えた。
{HO1}は、自身の相棒が原種の姿へと変わり果てる光景を見ながら意識を失う。目覚めると、廃工場の濡れた床には自分一人が倒れており、近くには原種となった相棒と、大きな丸石、そして二つに刀身が折られた刀があるばかりだった。

大嶽丸が【逸脱】した

ミシリと、何かがきしんだ。嵐がやって来る前の一瞬の静けさのような、大波が振り上げた質量を叩きつけてくるまでの間隙のような、大地震が起こる予感のような……様々な不吉を脳裏に呼び起こさせる音は、すぐに轟音と襲い来る土砂によって掻き消える。土が、白茶しらちゃけた岩が、木々が視界に映る。自分たちが恐ろしい波濤はとうに飲み込まれるまで数秒の猶予ゆうよもない。
{HO2}は〈オリジン〉により脱出を試みることができる。ダブルの成功により、生存本能が思考よりも早く身体を動かし、人間を超えた力によって飛び上がったり、土砂を飛び移って数km先まで避難していけるだろう。{HO1}を助けようとする場合、必要な成功度はミラクルとなる。
脱出に失敗した共鳴者は即座に土砂に飲み込まれ、全身の骨を砕かれ、即死する。山の下敷きとなってもなお生き延びることができる人間大の生物は、この場に存在しないだろう。
土砂や草木、石灰岩の奔流ほんりゅうは、この廃工場を中心として円錐状に盛り上がっていく。数分後には、標高1000mを超す山がそこへそびえていた。半径2km以内の家屋は土砂に埋もれ、犠牲者が何人出たのかもわからない。
一夜にして地図を書き換えるほどの大災厄を引き起こしたのは、命を得た山そのものであったのだと、一体誰が理解できるだろうか。

{HO2}が戦闘をやめ原種の姿に戻ることを選択する

大嶽丸はその選択に満足し、{HO2}に鏡面を向ける。

大瀧

「物わかりのいい融人で助かります。あるべき姿で永らえ、朽ちていくがいいでしょう」

{HO2}は薄れゆく意識の中で、徐々に人間としての自我が溶けるのを感じる。懐かしく甘やかな野生が、本能が、虚無が頭の中を満たしていく。
やがてその意識は完全に途絶えた。
大嶽丸は{HO1}に対して執着することなく、そのまま立ち去っていくだろう。

大嶽丸の首を刎ねた

刎ね飛ばされた鬼の首は、杭のように太くとがった牙を剥き出し、{HO2}に向かって飛び上がる。{HO2}が回避行動に失敗した場合、2D6のダメージを受ける。
その後、大嶽丸の目からは光が消え、完全に沈黙する。首を失った肉体は煙を上げながらグズグズと崩れ、ダークスーツの切れ端と、乱杭の牙を剥く生首だけが残った。あとはUNISONに連絡を取れば、彼らが始末をつけてくれるだろう。

8. エンディング

これは共鳴者が日常生活に帰ってくるためのシーンだ。以下のエピローグ表から選ぶか、独自にシーンを創出して幕引きとされたい。
利春であった隕石も、隼大であったソハヤノツルギも人間の姿に戻ることはなく、そのまま沈黙を続ける。共鳴者が特別な選択をしない限り、UNISONがこれを回収していくこととなるだろう。

エピローグ

1.多少の犠牲はあったが、今度の問題も無事解決した。依頼人は共鳴者たちに感謝し、UNISONから謝礼が支払われる。共鳴者は最善を尽くした。失った過去は変わらないが、少なくとも未来は変えられたのだ。

2.大事な相棒を失った。いつもは手狭に感じていた事務所が、今はこんなにも広く見える。落ち込んでばかりもいられない。人生は続いていくのだし、明日は明日の風が吹くだろう。少しだけ湿っぽい風かもしれないが。

3.大瀧の理念に賛同し、彼に付き従うことを選んだ。眷属となってみると、大瀧は歴史の生き証人であり、広く深い知識を持つ好人物に見える。いや、それは幻想だろうか。全ての融人の敵となる道へ進んだとき、共鳴者たちの価値観は大きく歪み、もう元に戻ることはないのかもしれない。

4.事務所に新たな仲間が加わった。それは事件の依頼人か、打ち倒した敵か、それとも道中に出会った協力者だろうか。とにかく、これまでよりも賑やかになる。明日はきっと、今日よりも忙しくなるだろう。

5.しくじりの代償は払いきれぬほど大きかった。共鳴者は人知れず行方を眩ませ逃げ回り、二度とこの地には戻らないだろう。あるいは残りの人生を全てかけ、償いの旅を始めるのだろうか。

6.もうこんな危険な稼業はこりごりだ。共鳴者は融人保護管の看板を捨て、新たな人生を歩み始める。そうだ、近所に人員を募集している会社があったかもしれない。一生は長いのだ。きっとこれまでの経歴も、いつか役立つ日が来るだろう。